tomatoの蒸気機関車館

1960年代後半から 今で言う「撮り鉄」時代の撮影を思い出しています。

SLの思い出 95 呉線 吉名-安芸津

吉名に決めたのは何だったのか記憶にありません。駅員さんに良い撮影場所を教えてもらったような気がします。駅からそう遠くではなかったです。吉名-安芸津の感じの良いカーブで撮影できました。11時前、C62ではありませんでしたが、C59が牽く「安芸」は颯爽と駆け抜けていったように思います。爆煙もいいですが白煙も決して劣りません。C62牽引とは違う趣でした。むしろラッキーだったかも。

1970.3.30 吉名-安芸津
再び駅に戻り638Dで三原に戻り、急行電車で大阪に戻りました。何に乗ったのかは記録がありません。こうして九州から呉線への撮影旅行が終わりました。

SLの思い出 94 呉線 天応-小屋浦

1970.3.30 天応-小屋浦
しかし、ほとんどすべて同じアングルで写している。動くのが面倒だったのか、体力がなくなっていたのか?もう少し考えたら良かったのにと、今になって後悔です。
朝の天応での撮影を終えて、D51 624レで37レ急行安芸の撮影場所と考えていた吉名に向かう。今回の呉線の最も期待する列車だ。 続きは次回


SLの思い出 93 呉線 天応-小屋浦

この後次々と通勤列車がやってくる。どの列車も長大編成だ。同じ場所で撮影することになった。ただ、C62のはずがD51がやってきたりと運用が変更になっていたのか。
921レがD51のはずがC6223 923レがC59164

1970.3.30 天応-小屋浦
925レはC62のはずがD51818 927レも同じでD511051 がやってきた。621レも同じでD51がやってきた。
後で判ったことだが、白黒フィルムが空回りをしていて写せていませんでした。ガッカリ。 カラーで写していたのが救いか。  続きは次回