tomatoの蒸気機関車館

1960年代後半から 今で言う「撮り鉄」時代の撮影を思い出しています。

SLの思い出 162 肥薩線

さて、吉松での撮影は翌日の昼前まで続けますが、吉都線肥薩線のD51が牽く写真はほとんど写していないことが今になって判明。なんともったいないことをしていたのかと、今になって悔やんでいます。
14時過ぎ西鹿児島行831レが発車。C5527だ。美しいカマです。大きな動輪で広い構内を力強く加速していきます。

1970.8.6 吉松-栗野
栗野に向かうまでによい撮影場所があるのでしょうね。湧水町という名前からもわかるように、このあたりは温泉と霧島からの湧水による名水が多くあります。栗野駅のすぐそばにも大きな湧水源があったような気がします。
この列車と栗野で交換して、C56が牽く山野線からの列車がやって来ます。14時30分頃、491レが戻ってきました。C5697がわずか4両の貨車を軽々と引いてきました。   

次回に続く

SLの思い出 161 肥薩線 吉都線

駅から少し離れたところで走行中の写真を写しました。吉松駅の北側は肥薩線と吉都線が併走します。進入では煙は期待出来ませんが、2線が写せるお手軽撮影場所でした。しかし、肥薩線の山越えをしてきたD51には余り興味を示していなかったと当時の記憶に残っています。発車シーンも余り記録に残っていません。

1970.8.6 吉松-鶴丸

1970.8.6 吉松-真幸
C55の運転室の上に見えるハエたたきは、D51の右に見えるものと同じです。位置関係がわかってもらえたでしょうか。
両列車とも混合列車でした。吉都線C55は625レ、吉松に12時過ぎの到着。

肥薩線のD51は12時30分前に到着の843レで、候補機が付いています。ループやスイッチバックがある矢岳越えでは、素晴らしい迫力を見せていたのでしょう。次回に続く


SLの思い出 160 肥薩線

広い構内ではC55やC56が入れ換え作業に従事していました。編成が出来ると本務機として出発していきました。
作業中のカマで印象に残ったのが、C5534でした。形式入りのナンバープレートが誇らしげです。

1970.8.6 吉松

2017.4.14 吉松
ただ、貨物の入れ換え作業では形無しです。C5534のバックには霧島連山の一部が写っています。カラーは先日吉松駅前から写した山々です。さすがにこれは変わりませんね。

1970.8.6 吉松
C5534と10のスポーク動輪同士。きれいですね。
ところで、吉松が昔交通の要所だった理由を最近になり知りました。特に鹿児島本線の八代以南の海側を通るルートが戦争との関係が憂慮されたことには驚きました。
次回に続く