tomatoの蒸気機関車館

1960年代後半から 今で言う「撮り鉄」時代の撮影を思い出しています。

SLの思い出 196  和歌山線 五条

奈良運転所のC11は片町線での仕業がありました。
当時、奈良運転所の所属ではなかったですが、C11の運用が奈良県内にありました。五条には和歌山区のC11が常駐していたと思います。和歌山線の五条→北宇智→吉野口に向かってはきつい勾配があります。奈良盆地の西南端の御所市の風の森峠に向かって長く続きます。サミットから吉野口に向かってはさほどでもありません。明治時代に五条から吉野口に向かって建設が進んだようです。しかにこの間では距離が長いために上がっていく途中に北宇智駅がおかれたと聞いたことがあります。しかし、当時はSLだったので途中で停車すると再発進が難しいのでスイッチバックという方法を活用し駅が置かれたと聞きました。違うかな?
しかし、勾配がきついので長い貨物列車はパワー不足で補機をつけたのでしょう。自分の時代では一部の旅客と貨物にC57の運用があった以外は、C58が牽引していました。そこに一部の列車にC11を補機をつけました。

1971.7.19吉野口→北宇智  役目を終えて単機で戻ります。
また、五条駅構内の入れ替えと今は廃線になりましたが大和二見駅から盲腸線川端貨物線での貨物の運行にあたっていたと思います。貨車に材木をのせ五条駅まで牽いてきて、貨物列車を編成するための入れ換えに当たっていました。そのため五条には小さな給炭給水施設があったと記憶しています。

1969.4.23五条
次回に続く


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