tomatoの蒸気機関車館

1960年代後半から 今で言う「撮り鉄」時代の撮影を思い出しています。

SLの思い出 235 D51 奈良-木津

若草山の南に連なるのは春日山です。原始の森です。
春日山(かすがやま)は、約500メートルの花山と西側にある約300メートル弱の御蓋山(三笠山)を合わせた山の名前のようです。別の考え方もあります。
安倍仲麿が詠んだ「天の原 ふりさけ見れば 春日なる 三笠の山に 出(い)でし月かも」 で有名です。
若草山が三重に見えるので混同されることがあります。

1971.3
写真では少し濃く見えるのが御蓋山(三笠山)です。後ろが春日山。さらに春日山の南には高円山から大和高原の山が連なっています。
「大和は国の真秀(まほ)ろば 畳(たた)なづく青垣 山籠れる 大和しうるはし」古事記
日本武尊の歌です(古事記では倭健命)。奈良盆地を取り巻く山々、特に東の山々は青い垣根のように見えたのでしょうか。
高円山から天理へ続く山が見えます。

1973.7.7
次回に続く

SLの思い出 234 D51 奈良-木津

写真を写していた頃は、佐保川や関西本線越しに若草山や春日山など遠くの山々が見渡せました。それは高いビルもなく田園が広がっていたからです。佐保川の橋梁からは若草山がしっかり見ることが出来ました。ちなみに下の写真をよく見ると東大寺大仏殿が小さきですが写っています。さてどれでしょうか。

1970.4.23
答えは鉄橋の後ろに見える縦の白の手すりの7番目の上に大きな屋根が見えます。
木津方面から佐保川橋梁を渡る柳生号。D51452が牽引しているのでしょうか。

1971.6
ある年の1月15日、木津から列車に乗って奈良に向かう途中、佐保川への築堤を登る列車の窓から山焼きを見ることが出来ました。

若草山の南に連なる山は春日山です。

1971.5
次回に続く

SLの思い出 233 D51 奈良-木津

線路の東側から南の方向に撮影しています。水田が残っています。西側は住宅街だったと思います。水田も今は全て住宅になっています。南方向に向かって撮影していますので逆光です。

1972.10頃
ミステリー列車です。京都からやって来て柘植方面に向かった行ったのではないでしょうか。

197211.12
オールロザのローズサークル号です。イベント列車がたくさん走っていました。
次回に続く